「静鉄との思い出」エピソード集

出逢い
なぎるん様
静鉄電車で通学していた私は、通学電車ラブレターをもらいましたた!!それから主人と出逢い交際し結婚しました!なんだかあのラ... 続きを読む

出逢い

なぎるん様

静鉄電車で通学していた私は、通学電車ラブレターをもらいましたた!!それから主人と出逢い交際し結婚しました!なんだかあのラブレターもらった人に似てるなと思いつつ。確認はしてません。(笑)
匿名でお願いします!

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狐ヶ崎ヤングランドプールの思い出
お兄くん様
今から45年以上前の話です。まだ私が小学生低学年だった頃、毎週日曜日になると家族で狐ヶ崎ヤングランドのプールに行くのが何... 続きを読む

狐ヶ崎ヤングランドプールの思い出

お兄くん様

今から45年以上前の話です。まだ私が小学生低学年だった頃、毎週日曜日になると家族で狐ヶ崎ヤングランドのプールに行くのが何よりの楽しみでした。
当時は、学校も会社も土曜日が休みではなかったので、父と一緒に遊べるのは日曜日しかありませんでした。流れるプールはいつも多くの子供たちでにぎわっていたのを覚えています。全く泳げなかった私も二歳年下の妹も、泳ぎの得意だった父からこのプールで泳ぎ方を教わりました。
ある日、よちよち歩きだった幼い妹が、ちょっと目を離したすきに幼児用プールで溺れかけるという出来事がありました。幸い父により直ぐに助け上げられましたが、大量に水を飲んでしまった妹は、怯えてしまいなかなか泣き止みません。すると父が、泣きじゃくる妹を抱きかかえたまま無理やりプールに入って行くではありませんか。父は「溺れたことで水を怖がるようになると困るから。」と考えたようで、驚く私にそう説明してくれました。
幸い、妹はその後、水を怖がることもなく、45年以上たった今でも健康維持のために水泳に親しんでいます。私たちが泳ぐことが出来るようになったのは、あのヤングランドプールがあったお蔭です。
水泳を教えてくれた父は、残念ながら今から20数年前に不慮の交通被害事故でこの世を去ってしまいましたが、優しかった父の笑顔とともに記憶に蘇るヤングランドプールは、私たち兄妹の大切な思い出です。

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静鉄電車は小さな冒険
ちーまり様
子供時代を現清水区で過ごしたので、静岡のおまちに行くことは、清水市民にとって「静岡に行く」と言ってちょっとした遠出でした... 続きを読む

静鉄電車は小さな冒険

ちーまり様

子供時代を現清水区で過ごしたので、静岡のおまちに行くことは、清水市民にとって「静岡に行く」と言ってちょっとした遠出でした。

バスに乗って電車に乗り換えるのですが、その時に両親に「汽車(JR)にする? 電車(静鉄)にする?」と聞かれ、姉と答えるのはいつも電車(静鉄)。始発から終点までの小旅行。靴をぬいで窓の方向にくるりと向いて景色を眺める。
ゲームなんかなくても楽しい時間。

電車には急行と鈍行があって気をつけて乗らないといけないと教えてくれたのも静鉄電車。

お墓に行くのも静鉄電車。

小学生になって、友達とヤングランドに行くためにドキドキして乗ったのも静鉄電車。

2両の車両は、両親との思い出であり、成長を見守ってくれました。

今は旧静岡市民となって、清水港祭り、七夕祭り、子供を連れて静鉄電車で清水に行きます。

その子供も、初めて1人で電車に乗ったのは静鉄電車でした。

100周年、本当におめでとうございます。

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出産のとき
ゆい様
三人目の出産のとき、パパは東京で不在、上の子二人はまだまだ小さく、とても一緒に産科へいける年ではなく、姉に見てもらうよう... 続きを読む

出産のとき

ゆい様

三人目の出産のとき、パパは東京で不在、上の子二人はまだまだ小さく、とても一緒に産科へいける年ではなく、姉に見てもらうようにお願いしました。はやくに両親を亡くしているため、産科まで一人でタクシーで向かう他なく、静鉄タクシーにお願いをしました。
陣痛がはじまってしまい、タクシーに乗るときは痛さで汗が出てくるほどでしたが、運転手さんの優しいお言葉と、丁寧な運転で無事病院へ到着し、なんとか無事に娘を出産することができました。
看護婦さんに車椅子で連れて行ってもらったため、あの時の運転手さんにはきちんとお礼も言えずじまいでした。今回このような企画があり、改めてお礼を言わせてください。

すぐつくからね、安心してね!の言葉で不安でいっぱいだったわたしも、なんとか落ち着いて病院にいけました。ほんとうにありがとうございました!

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静鉄電車で狐ヶ崎ヤングランドへ
そら様
小さな頃、家族全員で、島田から狐ヶ崎ヤングランドへ日帰りで遊びに行ったことが、大切な思い出です。 当時は車での外出よりも... 続きを読む

静鉄電車で狐ヶ崎ヤングランドへ

そら様

小さな頃、家族全員で、島田から狐ヶ崎ヤングランドへ日帰りで遊びに行ったことが、大切な思い出です。
当時は車での外出よりも電車が主流で、島田駅から静岡駅、そして静岡鉄道に乗り換え、新静岡駅から狐ヶ崎駅で降り、ヤングランドへ行きました。
小さなジェットコースター「マッドマウス」が振り落とされるのではないか…という位とても怖くて、観覧車やメリーゴーランドよりも、強烈に印象に残っています。
幼い私には、行き帰りの電車も大冒険。そして、新静岡センターでのお買い物も…。
あの電車に乗るワクワク感、通勤で乗るようになってからは忘れてしまいましたが、今でも沿線の施設や車両でワクワク感を演出してくれていることに感謝です。

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バスの運転手さん
まろん様
小学生の頃、一部の区間を静鉄バスで通学していました。毎朝、優しく行ってらっしゃいと声をかけてくれた運転手さんの事を今でも... 続きを読む

バスの運転手さん

まろん様

小学生の頃、一部の区間を静鉄バスで通学していました。毎朝、優しく行ってらっしゃいと声をかけてくれた運転手さんの事を今でもよく覚えています。
大人になり、通勤するときもやはり静鉄バスを利用していました。
ある日、ふとバスの中で運転手さんの名札に目が行きました。なんとびっくり!中学生の時の好きな男の子が運転手さんではありませんか!!降りる際に声をかけると、行ってらっしゃい!と笑顔で返してくれました。
心がほんわかした思い出です(^^)

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静鉄の電車
ニッキー様
下の息子が年少さんの4歳の頃に清水に引っ越ししてきました。 家が線路の目の前にあるため、 いつでも電車が見える環境になり... 続きを読む

静鉄の電車

ニッキー様

下の息子が年少さんの4歳の頃に清水に引っ越ししてきました。
家が線路の目の前にあるため、
いつでも電車が見える環境になり、電車が大好きな息子は大喜び!
電車が通る音を聞いてはベランダにダッシュするも、電車は通り過ぎた後。。。
何度も、電車を見ようと試みるも難しく。。。
どうしても電車が見たい息子は、ベランダに居座るようになり、
気付けば1日の大半をベランダで過ごすように。
静鉄の電車は、種類も豊富で見ていて飽きなかったようです。
今では、電車の通る音だけで“静鉄”か“JR”かを判別出来るほどに♪

もちろん、毎年やる電車まつりも毎回参加させていただいています。
あと、何年一緒に楽しめるかわかりませんが、子供とのステキな想い出はこれからも増えそうです。

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静鉄バス
コロッケ様
息子が6歳のときに、少し離れたイベント会場まで、静鉄バスに乗って行きました。その頃はトミカが大好きだったので、静鉄バスの... 続きを読む

静鉄バス

コロッケ様

息子が6歳のときに、少し離れたイベント会場まで、静鉄バスに乗って行きました。その頃はトミカが大好きだったので、静鉄バスのミニカーを握りしめ、バスに乗りました。バスに乗るまで嬉しくてよく喋っていたのですが、バスに乗った途端、無口に!嬉しすぎて、先頭の高い所の座席に座って、大きなフロントガラスから外を眺め、ただ一点だけを見つめて固まっていました。本当に嬉しくて、固まってしまったのです。
当時を思い出すと今でも心がほっこりしてきます。子供にとってバスは日常ではない、特別な所に来た、特別な乗り物なんだな、と思いました。これからも子供達の夢を乗せて、お仕事がんばってください。

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お誕生日おめでとう
ポッキー様
「静鉄の思い出」と聞いて真っ先に浮かんだのは、長男2歳の頃、静鉄に乗って2人で清水まで出掛けたときのことです。生まれたば... 続きを読む

お誕生日おめでとう

ポッキー様

「静鉄の思い出」と聞いて真っ先に浮かんだのは、長男2歳の頃、静鉄に乗って2人で清水まで出掛けたときのことです。生まれたばかりの長女にかかりきりの私にさみしい思いをしていた長男を見かねた主人が「今日は2人で夕方まで出掛けてきなさい」と言ってくれたのです。私は当時、車の運転もできず正直どうしようかと思ったのですが、お出掛けと聞いてうれしそうな長男を見て、彼の好きなバスに乗ろうと思ったのです。
バスと静鉄を乗り継いで清水まで。1時間くらいの旅でしたが、私にとっては大仕事でした。でも車窓から外を見る長男のキラキラした笑顔を見ていると、これからもがんばろう、と思えたことを昨日の様に思い出します。
今日は長男の9歳の誕生日です。小さくてかわいかったあの頃を思い出し、彼の成長をうれしくもさみしいと思う今日でした。
先日、学校でバスの乗り方教室が開かれ、長男は近々ひとりで乗ってみたいと思っているようです。また一つ成長する彼の姿が楽しみです。

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ステンレスカー
あっきー様
私は、静鉄電車沿線にある幼稚園に毎日母に手を引かれて通っていました。ある日、見慣れぬ銀色の静鉄電車が走ってきました。母に... 続きを読む

ステンレスカー

あっきー様

私は、静鉄電車沿線にある幼稚園に毎日母に手を引かれて通っていました。ある日、見慣れぬ銀色の静鉄電車が走ってきました。母に「あれは何?」と驚いた様子で尋ねると、母は「新型のステンレスカーだよ。」と教えてくれました。今から半世紀近くも前の出来事ですが、ピカピカに光る銀色の車体が幼い私にはとても眩しく見えたのをはっきりと覚えています。

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